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     第6回勉強会
     (7/20/2016)
     押味 貴之

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Essays No. 6

アメリカで野ウサギに一目惚れ。写真は大久野島(広島県竹原市)でのもの

        振り返れば
                     by 森井 宏子

 

 

 

 西日本医学英語勉強会の皆さん、初めまして。関西の片隅で隠遁生活を送る森井宏子と申します。医療機器や外科的処置の主に和訳に従事する翻訳者です。

 

 翻訳の勉強を始めてからは25年、仕事を始めてからは20年余が過ぎました。月日の経つ速さには本当に驚かされます。総じて平凡な20年でしたが、それでも、どなたかの何かのお役に立つかもしれないと、エッセイでは、これまでの年月を振り返ってみたいと思います。

 

 20年といっても、そのがこれまで間ずっと仕事をしていたわけではありません。主人の海外駐在帯同や両親の介護で休んでいた時期もありますので、正味10年少しといったところでしょうか。また、工業分野の翻訳が長く、医療機器専従になったのはここ4年ほどです。

 

 まだ様々な分野の仕事を請けていた初期の頃、たまたま手掛けた試験報告書の翻訳が面白く、「またやりたい」と思ったのが医学分野の翻訳に目を向けるきっかけだったと記憶しています。ただ、当時は「いつかできればいいな」程度の気持ちでした。

 

 その後暫くして、主人の転勤で渡米し、現地のカレッジで医学の基礎を学ぶ機会に恵まれました。当時、E、Lビザ保持者の配偶者は現地で就労できず、ならばと通い始めたものです。転勤前は仕事を離れることに不安ばかりが募りましたが、いざ学び始めると、ホメオスタシスを維持しようとする人体の精緻な仕組みに魅せられてしまいました。学ぶことを楽しんだのは、実はその時が初めてだったかもしれません(大学で何しとってん、て話ですが<汗)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰国後は、元の分野の翻訳の仕事に戻りましたが、すぐに両親が相次いで介護が必要な状態になり、仕事量を抑えた時期が数年続きました。

 

 そんな風に、思うように仕事ができない時期が続くうちに、翻訳の仕事を辞める時が来る前に、やりたい分野の仕事をしたいと思うようになりました。そして、トライアルを受け直し、少しずつ医学分野の翻訳の比重を増やし、今に至ります。

 

 長い回り道をして「今」に辿り着いたような気がしますが、仕事から離れざるを得なかった時間がなければ、基礎を勉強する時間は取れなかったでしょうし、何より「どうしても医学分野の翻訳をやりたい」という気持ちにはならなかったかもしれません。

 

 勉強していた当時は分野変更をそう真剣に考えていたわけではなく、「将来役に立つのだろうか」と思ったこともあります。でも、苦労して身につけた知識は、10年以上の時を経て、今確実に私を助けてくれています。

親の老いや看取りと向き合った日々も、終わりが見えず無為な時間に思えたこともありましたが、思い返してみれば、何かにつけて優等生癖の抜けなかった私に、何もかも完璧にはできないことを自覚させ、同時に「駄目な私でもいい」ということを教えてくれたような気がします。

 

無駄に過ぎていくように思えた時間も、決して無駄ではなかったと、今なら思うことができます。すぐに目に見える成果が現れなくとも、努力や頑張りや一生懸命過ごした時間は、自分の中に貯えられていて、時には、5年、10年経って初めて現れてくるものなのかもしれません。

また、勉強を始めたのは30代後半、医療機器への分野変更は50歳前であったことを思い返せば、何かを始めるのに遅すぎるということはないとも思います(老眼を考えれば、若いにこしたことはないと思いますが・・・)。

 

私の経験や今思うことは、もちろんすべての方に当てはまるものではないでしょう。私は、主婦として、主人の収入という大きな収入源があり、最初から休業や規模の縮小を選択肢に入れることができましたが、そうではない方も多々いらっしゃることは承知しています。

 

 それでも、時間がかかっても辿り着けるのだということをお伝えしたく、今回のエッセイを引き受けさせて頂きました。

 

 私も、この先いつまで翻訳を続けられるか分りません。今は、この仕事を続けさせてくれる周囲の人々、環境に感謝しつつ、一日一日を大事にしていきたいと思っています。

 

 皆さん、特に(私からみて)若い方たちの前途が幸多いものであるよう祈ります。そして、そうした方々と様々な経験を積まれた方々の力がうまく融合し、これからも当会が発展していくことを願って止みません。

 

最後になりましたが、いつも細やかに気を配りながら、皆をまとめてくださる畝川さんに心から御礼申し上げます。今回このような機会を作ってくださり、本当にありがとうございました。

 

 

西日本医学英語勉強会
West-Japan Medical English Workshop

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